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医療現場のコミュニケーションも「傾聴と受容」です!

 先日、もっとも専門性が要求される医療現場でも、コミュニケーションの基本は「傾聴と受容」のやさしさがあってこそ命が守られているのではないかと思う、心が痛む驚愕の体験をしました。

 夫の両親は東北地方に離れて住んでいます。80歳を過ぎてもとてもアクティブで病気知らずの元気なお舅さんが、昨秋以来、精神性のストレスがあって食事ができなくなりみるみる15kgもやせ、年を越してからとうとう入院してしまったのです。精神面のストレスが原因と思っていましたので、少し体調が回復したら、カウンセリングを受けてもらえば改善するかと考えていました。幸い3週間で退院、大阪で喜んだのもつかの間、翌日に一気に体調が悪化、食事を受け付けなくなり自力歩行困難な状態で3日後に再入院になりました。大阪にいる私たちは今度こそは完治して退院できると思っていたら、入院3日後から39度台の熱が出て一向に下がりません。さすがに気になってすぐに夫が、その3日後には私も駆けつけました。そこで見た光景はとてもショッキングなものでした。  

 11月末に、すでにやせてはいましたが、台湾旅行をするために大阪に立ち寄ったお舅さんとは別人のような、手足がベッドに拘束されて上を向いてハァハァと息もあらく横たわる姿がそこにありました。もちろん言葉が出ないので口を動かして何かを訴えても私たちにはなかなか理解できないのです。その時の病名は「老人性痴呆症、うつ病、脱水症と陳旧性脳梗塞(過去にあった脳梗塞の痕跡)他」でした。  

 私がかけつけたのは高熱を出して4日目です。なんで熱が引かないのか、合点がいかないまま、その日の夕刻最悪の事態になりました。面会時間ギリギリまでついていた義理の妹から、ひと足早くお姑さんのもとに帰っていた私に電話が入りまた。「ドクターから病院を出ていけと言われた。真菌が出て治療方法がないみたい! いっしょに説明を聞いてほしい」との緊急連絡です。   

 タクシーで駆けつけてドクターの前に座りました。「病院の治療方針が気にいらないのなら出て行ってください。看護師たちが皆、家族からクレームがあると言っている。看護記録にも書いてある。」と言われました。それは私たちが「なぜ何日も高熱が続くのですか?高熱の原因は何ですか?」と看護師に毎日聞いていたことがドクターにはクレームになったようです。 また、こうも言われました。「原因を探るにも検査をしてすぐにわからないんだから、時間がいる(その間黙って待て・・・)」と。家族であれば、病状と治療方針を知りたいと思うのが当然だと思うのですが、そのことを言うと家族は医療従事者ではないのだから(何もできない)、治療をするのは医師なのだからとお叱りを受けました。そして挙句のはてに検査の結果「真菌」が出たので、肝機能も腎機能も落ちているので治療のしようがないともいわれました。  

 この言葉で(ドクターには言いませんでしたが)、即刻舅の転院を決断しました。紆余曲折はありましたが、何とか二日後には大学病院に移り、舅の原因疾患も判明してその日から治療が始まり、現在は劇的に回復の途上にあります。  

  rose2.jpg元々医療現場にいた舅は、きっと自分に対する治療が不満だったのだと思います、口がきけなくても全身でそのことを訴えていました。点滴を抜き、起き上がれないのにベッドの上であばれ、自由のきく足でベッドの柵を乗り越えようとしていました。大学病院に移ってからは、とても穏やかな表情になり、私たちの問いかけにはうなずいたり、首をふったり、都合の悪い話題には口をゆがめてみせます。今では毎朝娘が声をかけると涙を流して喜ぶまでに回復しました。   

 高齢者を家庭で介護することはとても大変であり、入院しても医療現場が人手不足であることは理解できますが、とても治療してもらえていると思えなかった病院に違和感を覚えた原因がわかりました。舅が再入院したのは「医療型の病院」ではなく「療養型の病院」に分類されるということをケアマネージャーさんとの話の中で初めて知りました。ですからその病院の入院患者さんは皆高齢者で、ほとんど面会の人もなく、食事の配膳車を見たことがなかったわけです。きっとこの病院での患者さんはベッドにおとなしく横たわっていればよいだけで、さしたる医療行為も誰からも必要とされていなかったのだと感じてしまいました。  

 お舅さんを見ていて、私は高熱にうかされる一番容態の悪い時しか知りませんが、たとえ口がきけなくてもしっかりとした意思を持った人間であることは1時間も側にいたらわかりました。患者の家族はドクターや看護師さんに患者をゆだねるしかないのです。高齢化の進む中日本の現実を垣間見た、とても残念な経験でした。   

 たとえ素人が手だしのできない医療であれ、必要な知識を持って患者(とその家族)がイニシャチブをとるくらいの覚悟でないと、この高齢化社会にあって無事に天寿を全うできないもかもしれませんね。 

 今度の経験で、関係者のそれぞれのコミュニケーションの中で、もっとも人間力が試されていると感じています。相手が社会的な弱者であればあるほど、そうでない立場の人間は相手の立場にたった優しい(愛のある)コミュニケーションを心掛けないと、それは人間に対するコミュニケーションではなく相手がただの「金」を生む「物体」を扱う作業になり果てると思いました。  

 100年に一度という未曽有の経済不況下、子供たちがお年寄りの年金をあてにするので、今までは施設に入所していた人たちが、自宅での介護にかわっているそうです。 穿った見方をすると、子供も医療関係者も高齢者の年金を食い物にする「シルバー産業」がシステム化されているのです。そうならないように、人間対人間のコミュニケーションをどんな状況下にあっても「傾聴・受容」の心を忘れずに、愛のあるコミュニケーションを実践していきたいと思います。

Comments:1

source 2014年7月 4日 16:57

With all respect , your new amazed follower .

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